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森保一というプレイヤー

すっかり日本代表監督として知名度が上がった森保監督だが、実はプレイヤーとしても日本代表だった選手であり、少し年齢が上のサッカーファンならみんなが知ってる「ドーハの悲劇」の時にも選手としてその場にいたりした人である。そのプレイヤーとしての森保監督のインタビュー記事があってボランチについて語っているのが今見ると中々おもしろい。なるほど森保監督は時代的にもイタリアのサッカーやセリエA、ゾーンプレスなんていう時代にプレーをしていた人だと強く感じた。特に守備面はサンフレッチェ広島や今の代表でも結構手厚い守備をしているので、DMF出身ということと無関係ではないような気がする。

 ボランチ。ポルトガル語の「舵」。あるいは「ハンドル」。しかし、もはや日本語なのかもしれない。いまボランチと耳にしたなら、ほら、森保一の懐かしい風貌が思い浮かんだりする。

 ポイチこと森保一は、日本リーグのマツダ-Jリーグの広島-京都-広島-仙台、それにハンス・オフトの日本代表で「守備的ハーフ」から「ボランチ」の時代をひょいとまたいで生き抜いた。引退後は指導者の道へ。

 その新進コーチが言った。

 「まあ、ほとんどボランチですね。トレセンでもU-18でも。ポジションは?― みんなボランチだって。ボランチってなに……って感じもしますけど」

 一億総ボランチですか。で、ボランチってなんですか。

 「自分自身では守備的MF、ディフェンシブハーフと思ってました。とくに代表では守備が7で攻撃は3、あるいは8-2くらいに考えていたので」

 13年前のキリンカップ。日本代表はアルゼンチン代表に0-1で敗れた。クラウディオ・カニージャ、ガブリエル・バティストゥータら南米選手権を制した重厚な布陣を向こうに順当な結果かもしれなかった。ただし、この試合には重大な発見があった。

 森保一である。それまで姓が「森」で名が「保一(だからポイチ)」と誤って覚えられたりもした無印の好漢は、代表デビュー戦で、敵将バシーレとカニージャに称賛された。かいつまんで述べれば「日本にもよきボランチがいるではないか」。実際に「ボランチ」なる言葉は用いられなくとも、危機管理や攻守の均衡に心身を尽くす中盤の地味な働きに世界の光は当たった。ほどなく、そんな仕事は「ボ」で始まる響きとともに広く認められ、現在の隆盛にいたる。

 山口素弘、名波浩、小野伸二、明神智和、稲本潤一、福西崇史、遠藤保仁、ひょっとすれば中田英寿ですら。なるほど、みんなボランチだ。我々の多くは、ボランチの勇士諸兄の仕事ぶりを敬うにとどまらない。きっと「ボランチそのもの」が好きなのである。

 攻守・時間・地域のバランスを保つ。

 危機と好機の予知。

 滑らかな配球。

 追う、ふさぐ。削り、奪い、当たる。

 以上、ボランチに求められる主要な任務なら、それは「よきサッカーをする」ということにほかならない。おおむね世界の潮流にあってボランチは「センターハーフ」に吸収される。それでもなお日本における「ボランチ」は特別である。どこかロマンの気配すら投影されているようでもある。

 あらためて森保コーチに確かめる。ボランチとディフェンシブハーフ、攻撃的か守備的かの差なのですか。

 「僕の中ではニュアンスが違うというか。ボランチはヨーロッパのプレーメーカーのようなイメージがある」

 ビハインド・ザ・ボール。オフト監督の掲げた標語のひとつである。森保一は「ビハインド・ザ・ボールの申し子」だった。ボール保持者の影となる。まずカバーリング。ついで攻撃の行き詰った際に後方でパスの受け手を務める。

 「簡単そうですけど、これ、実際にやると難しいんですよ。ボールにつられて近づきすぎると次の局面で選択肢が狭くなる。相手が僕とボール保持者をいっぺんに見られる。あとは角度ですね。たとえば右サイドの選手がペナルティエリアの右隅あたりにいる時、真後ろにサポートに入るなと(オフトには)言われましたね。単純な話で、斜め後ろだとパスの選択肢が増えるからですよね」

 ボランチとくればバランスである。当然、誰かが前なら自分は後方という均衡に注意を払う。平面での前後左右だ。「個人的にはダブルボランチでも役割がはっきり分かれてるほうがチーム戦術として戦いやすい。僕は守備、もうひとりはプレーメーカーというように」。ピルロとガットゥーゾ。ピアニストとピアノ運搬人。彫刻家と削り屋。

 もうひとつのバランスは表と裏だ。そこには時間軸や人間の心理も関わってくる。

 「自分たちが攻めてる時、相手の逆襲のポイントをケアしておく。前がかりにブレーキをかけて危なくなりそうなところに立ったり。逆に押し込まれていれば、まずその状況をしっかり受け止めて、どこで守から攻へ転ずるかを意識する」

 ボランチは敵のボランチと戦うものなのですか。流れの引っ張り合い、とでもいうのか。

 「あ、ありますよ」

 森保一は、うれしいではないか、日本リーグの時代を例に挙げた。

 「日産のエバートン(のちに横浜M-京都)とは、いつも走り合いするんですよ」

 走り合い?

 「どちらかが剥がれると、そこを起点として走り勝ったほうに流れがいくわけです。わざと空走りしてるな、そう思いつつもついていく。そして、こっちの攻撃局面に切り替わった瞬間、こんどは走り返す」

 勝手に走らせてはいけないんですか。

 「そう。どんどん走られると後ろがズタズタになる。バランスが崩れる。こぼれ球を拾えなくなる」

 森保さん、足、ちょっぴり遅かったですよね。そこは考えるスピードで補う?

 「サッカー、フライングのないスポーツなんでね。相手の走るコースに入っちゃえばね。ファウルをもらえたりして。まあ、いくらでも長所を消すことはできます」

 昨今のボランチ志望者の増大に思ってしまうことがあります。ボールにはさわりたい。でもプレッシャーの少ないところで……。

 「そこが間違いなんですよ。プレッシャーあるっちゅうねん。逆に考えれば、プレッシャーをかけないと。アルゼンチンみたいにどっからでもガツガツいかなくては」

https://number.bunshun.jp/articles/-/12161